第2回

陰陽師安倍晴明開眼の霊符神像を祀った寺
「閑臥庵」

案内:加納 進

京都市北区新御霊口町にあります。
黄檗宗に属し、号は瑞芝山(ずいしざん)といいます。本尊は、中国福建省の仏師范道生(はんどうせい)の作釈迦如来像。
江戸時代の初め、霊元天皇が父である後水尾院から趣意を継いで洛北貴船の奥ノ院から“鎮宅霊符神”を大宮御所の北に遷座創建しました。(梶井常修院ノ宮の院邸)
開山は、隠元隆の孫弟子の黄檗山万福寺六世の干呆性アン(せんがいしょうあん)。
“鎮宅霊符神”というのうは、平安時代の中ごろ円融天皇が、方除、・厄除の霊神として京都の艮(うしとら─東北)にあたる貴船に祀ったもので、天皇が陰陽師の安倍晴明に付託開眼させたと伝えられる金銅像で、高さ四尺六寸の神像です。
後水尾院が鎮宅霊符神の遷座記念に植えたという桜は、曙桜(あけぼのさくら)と呼ばれ、これに因んで、曙寺とも呼ばれるようになります。

かすみゆく 松は夜ふかき山の瑞に

        あけぼのいそく 花の色かな

後水尾院が、鎮宅霊符神祠の前の桜を愛でて詠んだ歌と伝えられます。後水尾院・霊元天皇父子の幕府への抵抗がよみとれ、厄とは幕府、呪詛を秘めて遷座したのではないかという疑問がわいてきます。

(京都の史跡を訪ねる会刊『京都四方山話』1981年10月刊・加納進記より)

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入力:林 檎  レイアウト:岡村 拓馬