第16回

塵劫記(じんこうき)

案内:加納 進

京都市右京区嵯峨小倉山麓の常寂光寺(じょうじゃっこうじ)門前付近に『塵劫記(じんこうき)』の顕彰碑があります。江戸時代初期の寛永四年(一六二七)、吉田光由(よしだみつよし)が著した図解入りの和算書『塵劫記』が刊行されて三百五十年目を記念して昭和五十二年に建立されたものです。同書中には”ねずみ算“が記載されています。

「正月にねずみ父母出でて子を十二匹産む 親ともに十四匹に成也 此ねずみ二月には子も又 十二匹ずつ産むゆえに親ともに九十八匹に成 かくのごとく月に一度ずつ親も子も孫も曾孫も月々に十二匹ずつ産むとき 十二月の間に何程に成ぞと云ふときに二百七十六億八千二百五十七萬四千四百二匹と成」とあります。


※吉田光由は角倉宗忠(すみのくらむねただ)の三男で、嵐山の大井川・保津川開削や鴨川傍の高瀬川疎通事業を成し遂げた角倉了以(すみのくらりょうい)は外祖父にあたります。光由は了以の子素庵(そあん)に和算を学んだと伝えられます。書名の命名及び序は天龍寺の亀毛舜岳玄光(きもうしゅんがくげんこう)


入力:高岡 良次  レイアウト:岡村 拓馬