賀茂競馬の行事は、毎年5月5日に北区上賀茂にある上賀茂神社で催されます。
寛治七年(1093年)、武徳殿左右馬寮の競馬の行事を移したことにはじまります。のち、社人が荘園の馬をもち出して勝負を争ったことから、今日でも馬に荘園名をつけるならわしとなっています。
競馬は、神社境内に直線の走路を確保し、左右に埒(らち)と呼ばれる柵が設けられます。その中を2頭ずつ10組出走して競います。
乗尻(のりじり・競馬の騎手)の装束は、地下の武官の唐様 (うちかけ)で、左方(さほう・東側)と右方(うほう・西側)とは、色目も文様も違います。一番はじめの競争は、左方の内の倭文庄(しとりのしょう)の勝ちで、右方の金津庄(かねづのしょう)の負けと決められているのです。
本当の勝負は、2番目からです。馬の速度を競う点は、現在の競馬と違いはありませんが、騎手の技術を見る事が始まりとも言われている為、きまりの中で相手の馬や乗尻の妨害をして如何に早く走るのかが競われます。
その勝敗は今の競馬とは違い、先にゴールに入ったとしても、スタート地点で遅れていれば負けになることもあり、ゴールに遅れて入ったとしても、勝ちになることがあります。
白装束に身を固めた念人(かいか)という二人の審判員は、臨時に組み立てられた櫓にのぼり、勝敗の判定をします。青の扇を挙げれば黒(右方−西側)の勝ち、赤の扇を挙げれば赤(左方−東側)の勝ち、白の扇を挙げれば“入直し(いれなおし)”となり再勝負。二つの扇を同時に出せば囲碁や歌合わせと同じく“持(じ)”といい、相手の引き分けとなるのです。
一勝負が、済む毎に櫓下で太鼓が一打されます。
勝ち馬には、乗尻の差し出す鞭に白が巻かれ、その栄誉が称えられます。