祇園祭のそもそものはじまりは、貞観(じょうかん)5年(863年)5月、平安京造
前後のころに政争や讒訴(ざんそ)がもとで非業の死を遂げた早良親王(崇道天皇)ら6人の霊を鎮魂する朝廷による御霊会が神泉苑で修されたことによるといわれています。
このとき花や果物を供え、金光明経や般若心経を読誦し、行事が終わると雅楽寮の楽人による音楽や舞が催されました。
御霊会は、天災や悪疫はこの世に怨みを残して死んだ人の怨霊による祟りと考えられ、天変地異があったり疫病が流行するとしばしば修されるようになり、貞観11年(896年)には、牛頭天王を祀り、66本の鉢を立てて疫病退散の神事を神泉苑で行ったと伝えられます。
御霊会が、神泉苑から祇園社(現在の八坂神社)へ移された経緯はわかりませんが、牛頭天王が祇園精舎の守護神であるところから祇園社と呼ばれるようになったといいます。
今日、“祇園祭”と呼ばれるのも、明治になって八坂神社の社名になってからのことで、それ以前は、“祇園感神院の祇園御霊会”と呼ばれていました。
祇園祭は、7月1日の“吉符入り(きっぷいり)”にはじまり、29日の神事済奉告祭まで約1ヵ月間各種の行事があります。